「書くのが苦手」
「考えはあるのに言葉にできない」
──これは、学力が高い、あるいは深く考えるタイプの人には意外に多い悩みです。とくにギフテッド(高い知的潜在力をもつ人)や、その可能性に気づかずに生きてきた人の中には、自分でも気づかない理由で「書くこと」に苦手意識を持ってしまうケースが数多くあります。
この記事では、「書けない」という現象の背景にある脳のタイプ、情報処理スタイル、そして社会的な要因までを幅広く解説し、具体的な解決策まで提案します。
書けないけど、考えていないわけじゃない
「作文が嫌いだった」
「レポートを書くのに異常に時間がかかる」
「話すと伝わるのに、書くと伝わらない」
──こうした体験は、決して怠けや能力不足ではありません。
むしろ、こうした悩みを抱える人の多くは、頭の中にたくさんの情報を持っていたり、思考が速かったり、深く複雑に考える傾向があります。つまり「考えていない」のではなく「考えすぎて書けない」ケースが少なくないのです。
原因1:overexcitability(感情や知覚の過敏性)
「overexcitability(オーバーエキサイタビリティ)」という言葉は、ギフテッドに特徴的な性質を表す概念のひとつで、日本語では「過度激動性」や「感覚過敏」と訳されることもあります。
これは、感情、知覚、想像力、知性、運動のいずれか(あるいは複数)が平均よりも敏感に働く状態を指します。
- 考えが止まらない
- 自分の表現が足りないと感じる
- 中途半端な言葉にストレスを感じる
こういった特性を持っていると、「正確に表現できないくらいなら書かないほうがマシ」という思考に陥ってしまい、結果として「書けない」と感じるのです。
原因2:視覚空間型の情報処理スタイル
ギフテッドの中には、「視覚空間型(visual-spatial learner)」と呼ばれるタイプの人がいます。これは、文字や言葉での情報処理よりも、図形・空間・構造・全体像の把握に優れているタイプです。
視覚空間型の人は、以下のような特徴を持ちます:
- イメージで理解する
- 全体を一気に把握する
- 言葉にするプロセスがもどかしく感じる
彼らにとって「文章にする」という作業は、すでに頭の中で完成している複雑な構造を、わざわざ一次元の線形な情報(文章)に変換するストレスを伴います。
原因3:ディスレクシアや機能的非識字
「ディスレクシア(dyslexia)」とは、知的能力には問題がないのに、文字の読み書きが困難な発達特性のことです。
また、「機能的非識字(functional illiteracy)」という言葉もあります。これは、文字は読めても、複雑な文章を読み書きして情報を活用することが難しい状態です。
ギフテッドの中には、IQが高くてもこのような読み書きの困難を抱えている人が一定数います。これらの困難は見逃されやすく、「怠けている」「真面目にやっていない」と誤解されやすいのが特徴です。
原因4:演繹的思考と「ゴールから逆算する」癖
ギフテッドの多くは、「演繹的思考(えんえきてきしこう)」といって、一般的な原理・理論から個別のケースに落とし込むのが得意です。これは学校教育で重視される「帰納的思考(事例から法則を導く)」とは逆の方向です。
このタイプの人は、文章を書こうとすると:
- 最終的に伝えたいこと(結論)を先に決めてしまう
- そこに向けて完璧な論理構造を設計したくなる
その結果、「理論が完成するまで書けない」「一文目から完璧に書こうとして進まない」といった状況になってしまいます。
原因5:焦燥感と「書く意味」の喪失
ギフテッドは思考スピードが速く、頭の中で答えが出てしまうために「書くこと自体が面倒」「どうせ伝わらない」という焦燥感に陥ることがあります。
また、他人に伝える必要性を感じなかったり、伝えてもわかってもらえなかった過去の体験から、「書く意味がない」と結論づけてしまうこともあります。
このような体験は、言葉を紡ぐ意欲や自信を奪い、「書けない」感覚に直結します。
解決策1:「書く」ことを図に置き換えてみる
視覚空間型の人には、まず「図」で考えることをベースにするのがおすすめです。
たとえば:
- マインドマップでアイデアを広げる
- フローチャートで構成を組む
- ポストイットや付箋アプリで情報を並べ替える
こうした手法をとることで、「書く前にすでに頭の中で完成してしまっている構造」を、視覚的に展開しながら、少しずつ言葉に変換することができます。
ポイントは、「順序よく書こうとしない」こと。順序ではなく「全体像」から入るのが、このタイプにとって自然なのです。
解決策2:話すように書いてみる
文章が苦手な人でも、「話す」ことならできる場合があります。
たとえば:
- スマホの音声入力を使って話す
- 誰かに話すように文章を書く
- 録音して、あとから文字起こしする
これらは、言葉を「一時的なもの」として扱う発想です。話し言葉は完璧でなくても通じます。完璧主義の呪縛から一度離れてみることで、驚くほど言葉が出てくることがあります。
解決策3:「下手でもいい」と割り切る訓練
多くのギフテッドは、「正しく伝えたい」という強い意志を持ちすぎて、「下手に伝えるくらいなら書かない」と考えがちです。
しかし、ここで意識すべきなのは「相手の理解力も進化する」という点です。
伝え方が不完全でも、読み手は文脈や例から補って理解してくれます。自分だけが100%担おうとする必要はありません。
そのためには:
- 1分だけ書く
- 「箇条書き」だけで済ませる
- 「下書き」のまま放置してOKとする
こうした「不完全なアウトプット」を許容するトレーニングが、むしろ思考の可視化につながり、文章への苦手意識を軽減してくれます。
解決策4:「焦燥感」と距離を取る方法
文章が書けないとき、多くの人は「自分はだめだ」「時間がない」と焦りを感じます。しかしその焦燥感は、ほとんどが「脳の過活動」が生み出している幻にすぎません。
この対処法には以下のようなものがあります:
- タイマーをかけて5分だけ書く
- 「あえて」中断する(ツァイガルニク効果)
- 最初の一行をテンプレートで始める
ツァイガルニク効果とは「途中で止めたことのほうが記憶に残る」という心理現象です。あえて最後まで書かずにおくことで、頭の中で無意識に文章が整理され、次に取りかかるハードルが下がります。
解決策5:他者の視点を意識しすぎない
「伝わるように書かなきゃ」と思いすぎて、逆に言葉が出てこなくなる人もいます。とくに、ギフテッドの中には「他者視点を過剰に気にする」タイプが多く、自分の表現に自信が持てなくなりがちです。
そのような場合:
- 「自分のために書く」と目的を変える
- ブログなどで「誰かひとりのため」と決めて書く
- ペンネームや匿名で書く
他人を意識しすぎることで表現が止まっている場合、自分の内側にフォーカスを戻すことが、言葉を再起動させる鍵になります。
解決策6:「伝わる」より「残す」を目指す
文章とは、必ずしも「他人に伝えるため」だけのものではありません。
むしろ、「未来の自分のため」「数年後に振り返るため」「頭の中の保存」のように、アウトプットの目的をずらしてみることで、心理的負担が軽減されることがあります。
たとえば:
- メモとして書く
- ログとして残す
- 誰にも見せない「下書き」でOKとする
「書くこと=公開すること」という固定観念を外すことで、自然に書くスピードも上がってきます。
まとめ:「書けない」ことは欠陥ではなく特性の裏返し
「書くことが苦手」というギフテッドの悩みは、じつは以下のような特性の裏返しです:
- 頭の中に複雑な情報がありすぎて、線形に出力しづらい
- 視覚で捉えているため、言語化がもどかしい
- 正確さを求めすぎて筆が止まる
- 他人の理解力まで自分が担おうとしてしまう
つまり「能力が高いからこそ、うまく書けない」場合もあるのです。
大切なのは、無理に「人並みの書き方」に矯正することではありません。自分の思考スタイルに合った方法で「出力のしかた」を工夫すること。それが文章への苦手意識を乗り越えるカギです。
実践アドバイス:今日からできる7つの工夫
- 音声入力を試してみる:Googleドキュメントやスマホのメモアプリで、話しながら書いてみる。
- 図解から入る:まずはマインドマップやフローチャートを描いてみる。
- 完璧を目指さず「箇条書き」で済ませる:段落じゃなくて、断片からスタート。
- 「誰かのために書く」のをやめる:まずは「自分のため」の記録やメモから。
- 短時間で切り上げる癖をつける:タイマーで5分だけ書くトレーニング。
- 中断を恐れない:「途中のほうが記憶に残る」と知っておく(ツァイガルニク効果)。
- アウトプットの目的をずらす:「伝える」ではなく「残す」ことを目指す。
補足:それでも書けないときの考え方
どうしても書けないとき、自分を責めるのではなく、こう問い直してみてください:
- いま「書く」という形式が適切なのか?
- 話す・描く・録音するといった別の方法で表現できないか?
- そもそも「書く内容」に本心が乗っているか?
「書くことが苦手」なのではなく、「いまの状態」や「その手段」が自分に合っていないだけかもしれません。
そして何よりも──「伝わるかどうか」ではなく「自分自身に伝わるかどうか」こそが、本当に大切な指標です。